続・検証 沖縄平和教育(中)ガマで暗闇体験「虐待と同じ」
2026年6月24日 06時18分「沖縄戦で住民が避難したガマ(自然洞窟)に初日に行った。臨場感を演出するため電気を消し、真っ暗にした。それがとても怖かったのが忘れられない」
こう語るのは神奈川県の公立高校で沖縄修学旅行を経験した田中可奈さん(30歳・仮名)だ。当時高校2年生だった田中さんは「ガマに入って気持ちが悪くなる生徒が多いと聞いた」と振り返った。
田中さんの学校ではクラスごとに違うガマを訪問。基本的に生徒全員が参加するプログラムだった。「子供が殺されたガマに、暗闇で生徒を入れるのは虐待と同じではないか。親になった今、自分の子供に同じことをさせると考えると、当時の学習にとても怒りを感じる」と田中さんは話した。
https://www.worldtimes.co.jp/japan/okinawa/20260624-211741/
現在でも県外からの沖縄修学旅行でガマを訪問する学校は少なくない。県の教育旅行推進強化事業として運営されている修学旅行専門サイト「おきなわ修学旅行ナビ」は、八重瀬町のガマで「黙とう(暗闇体験)」ができる学習プログラムとして紹介している。
地元メディアによれば、南風原(はえばる)町の小学6年生数十人が南城市の糸数アブチラガマで暗闇体験をしたという報道がある。ガマを暗くすることで当時の様子を再現し、旧日本軍の負傷兵や住民の気持ちを理解するという。平和学習を目的に来沖する団体の中には、あえて暗闇体験のできるガマを訪問先に選ぶこともある。
ガマで気分が悪くなったという体験談は多くの県民にも知られている。科学的にも、閉所と暗所の組み合わせは人間の脳に恐怖を感じさせ、危険を誤認させ、強い動悸(どうき)や息苦しさを引き起こすことがあると分かっている。沖縄戦に関連のあるガマでは閉塞感と暗闇に加え、重い歴史が心理的な原因となる。ガマは負傷兵が命を落としたり、住民が自決をしたりした場所だとガイドが解説をする。
田中さんの場合、修学旅行1カ月前に4週間ほどかけて沖縄について事前学習していた。辺野古沖転覆事故をきっかけに、自身の沖縄修学旅行の資料を探し出した。そこで再確認したのは、旧日本軍の残虐性を強調し、沖縄戦を「捨て石」と断定する一方的な内容だった。
田中さんの高校が作成した資料は、沖縄県高教組南部支部平和教育研究委員会が1986年に出版した『歩く・みる・考える沖縄 : ルーズリーフ式戦跡・基地ガイドブック』(沖縄時事出版)を切り貼りした内容だった。現在は絶版となっている。
資料には沖縄戦で負傷兵の看護に動員され、多くが犠牲となった「ひめゆり学徒隊」やガマでの悲惨な体験の証言が掲載されていた。田中さんが最も印象に残ったのは「日本兵生カシマスカ 殺シマスカ!」と題する証言だ。旧日本軍兵士の残虐性を強調するショッキングな内容だ。
資料を見返した田中さんは「こんな内容を見たら沖縄を楽しめない。当時は、海も見るだけで首里城にも行けなかった」と話す。修学旅行の学習には、各学校の教員の意図が大きく反映されている。
2017年9月の県議会で糸数勝観光振興課長(当時)は「平和学習に何が求められているかということを県外で聞き取り調査した」と公表し、その結果、ガマ見学や語り部による講話以外に「沖縄に住む同世代の学生との意見交換をしていきたいという県外からの要望があった」と述べている。
同志社国際高校は15年まで、県立普天間高校(宜野湾市)との間で学生同士の交流を行っていた。そこで、県内の学生から現実的な声を聞くことができた。沖縄県は大きな戦禍を被った県として、また戦争の歴史を語り継ぐ県として、先頭に立って平和学習の在り方を見つめ直す時期にある。(沖縄平和教育問題取材班)
いい事なんだね
大丈夫か?
そうなる前にお前ら自決しろよ
ってやったのが日本軍でオワタ
壺中心に回り続ける、狂人スレ
ていうか壺
お前ら虐待どころか一家離散量産してたじゃん
ひめゆりの塔を見学したりガマにも入ったけど後者が一番ヤバかった
体調不良になる子が数人出たくらい湿度と気温も相まって空気が信じられないくらい重い
米軍に虐殺され
日本人が苦しんで死ぬを喜ぶのは日本人に差別されて苦しめられた朝鮮人の日本への復讐心を慰撫する為(´・ω・`)
アホすぎんだろ
昼間なのに暗くて、夏なのにひんやりとしている
伏龍の模型があったはず
あんなの兵士を拷問するための装備でしかない
子供が14人いるんだっけ、体への負担とかやばそう
日本が受けた被害にあんまり触れてほしくないのか?
統一教会が待ち望む中国との本土決戦になったらこの手のガマにこもりながら戦うことになるんだからあらかじめ慣らしておけよ
言論の自由は素晴らしい



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