1 : 2026/02/20(金) 19:21:09.904 ID:ZmE2dZVs0
2000年くらいずっと「中央から征服され支配・搾取される」経験の繰り返しだ
これほど不幸な地方は日本でもほかにないんじゃないか
2 : 2026/02/20(金) 19:21:30.372 ID:dtYie4Ui0
>>1
千晴のロリ美貌どこ?
5 : 2026/02/20(金) 19:22:08.730 ID:Q2XvMGXr0
寒いとこ
寒い海外
大きな土地
ふぁいとお闘うきまのことをー
7 : 2026/02/20(金) 19:23:03.583 ID:Q2XvMGXr0
口が悪いか?
うーん…
ブブブじゃなくてちゅちゅちゅだから
8 : 2026/02/20(金) 19:25:17.865 ID:ZmE2dZVs0
原始、東北地方では縄文人による日本列島で最も豊かな狩猟採集社会があった
ユネスコ世界遺産に認定の三内丸山遺跡や大湯環状列石(ストーンサークル)などはその証拠である
しかし、次第に東北は「被支配」を食らうことになる
9 : 2026/02/20(金) 19:26:29.484 ID:W/x3tluA0
でも畳ゲェジが米沢市のために立ち上がるんやろ?
20 : 2026/02/20(金) 20:04:10.092 ID:ZmE2dZVs0
>>9
そうか
10 : 2026/02/20(金) 19:29:03.997 ID:ZmE2dZVs0
西国に渡来人がやってきて、稲作。青銅器など文明化
7世紀頃になるとヤマト王権が成立し、日本社会の原型になる中央集権体制が確立されてゆく
ヤマトからすれば、まつろわぬ民(蝦夷)の土地が、東北だった
その重大局面が、征夷大将軍・坂上田村麻呂による蝦夷の族長「アテルイ」を討伐したアテルイのたたかいである
これが、東北は中央に制圧される敗北体験のはじまりだった
11 : 2026/02/20(金) 19:30:15.025 ID:GfuiQQM80
ていうか元々たくさんの「国」と「民族」が乱立してる列島だったのを無理やり統一させて国民国家を成立させただけだから今の日本なんて
中央政権から見ればただの外国だよ東北は
14 : 2026/02/20(金) 19:41:49.824 ID:ZmE2dZVs0
>>11
「日本はひとつ」とか「日本人が単一民族」なんて嘘っぱちだ
むしろ「歴史を尊ぶ愛国者」ならば多種多様な人種の複合体である日本を誇るべきだと思う
12 : 2026/02/20(金) 19:39:09.561 ID:ZmE2dZVs0
東北征伐後は、東北地方を「陸奥」として編入
国府である多賀城を築いて軍事・行政拠点とし、塩釜神社をその守護のための精神支柱に建立し、
東北の植民地化が行われたのです
感覚的には朝鮮や台湾に総督府を作って神社を建立した軍国主義時代の植民地支配と変わらないのである
13 : 2026/02/20(金) 19:39:49.096 ID:R3YbjwvJ0
ヤマト王朝と邪馬台国は同時に存在したし、青森にはキリストの墓があるし、日本にはピラミッドがあるし、古墳は聖杯だし、遺伝子の調べで日本人はみんなユダヤ人だよ
17 : 2026/02/20(金) 19:54:04.710 ID:ZmE2dZVs0
>>13
面白い考察だ
15 : 2026/02/20(金) 19:46:52.754 ID:W/x3tluA0
でも畳ゲェジが米沢市議会に出馬するんやろ?
16 : 2026/02/20(金) 19:50:17.545 ID:ZmE2dZVs0
それから平安時代の東北地方で発生したのが「前九年の役」である
東北の豪族・安倍氏が朝廷に税を納めず独自の権力を持ちだしたため、朝廷が源氏を使って討伐しようとしたものだ
当初は安倍氏が強く、源頼義は苦戦。しかし出羽国(秋田)の有力豪族・清原氏を味方につけたことで、源氏が勝利
この勝利体験で東国の武士が源氏に従属するようになり、その求心力からやがて鎌倉幕府建立に至ることになる
18 : 2026/02/20(金) 19:57:02.830 ID:ZmE2dZVs0
そして平安後期から鎌倉初期に華やいだのが奥州藤原氏のいわゆる「平泉」政権である
これまで西国中心だったヤマトであるが、奥州の覇者となった藤原氏が岩手県の平泉の地に築き上げた都である
4代100年間に渡り独自の権力を維持。戦乱の続く京都とは異なる独自の仏教文化が華やぎ、独立国家のような体をなしたものの
最終的には頼朝による「奥州合戦」を受け、1189年に滅亡してしまうことになる
19 : 2026/02/20(金) 20:02:17.387 ID:ZmE2dZVs0
安土桃山時代の東北で起きたのが「九戸の乱」だ
これは南部氏一族が豊臣政権に反旗を翻した、戦国時代最後の大規模な反乱である
その背景には豊臣秀吉による「奥州仕置」という一方的な領土再編に対する東北側の反発があった
だが多勢に無勢で南部氏は大敗北を期してしまう
21 : 2026/02/20(金) 20:04:59.818 ID:ndx2WPTX0
戊辰戦争はいまも遺恨が残る
22 : 2026/02/20(金) 20:06:11.098 ID:PYKuHaYzF
戊辰戦争は福島がおっさんのしょうもないプライドのためにガキを集団自殺に追い込んだ胸糞事件でしかない
23 : 2026/02/20(金) 20:08:57.930 ID:ndx2WPTX0
>>22
歴史観浅すぎてワロタ
24 : 2026/02/20(金) 20:09:00.799 ID:ZmE2dZVs0
江戸時代になると、東北に限らず日本全体が安定した統治の時代が200年以上続くことになる
だがここでも幕府は東北の扱いは植民地的だった
伊達氏(仙台藩)や上杉氏(米沢藩)など、関ヶ原の戦いに関わった外様大名が広大な領地を保った
東北が、あとから徳川家に服属した外様だらけだったのは家康による「反乱を警戒して」の配慮でもあった
要所には徳川家信頼の厚い譜代大名を配置し、外様大名を監視させ、完全なマークの対象だったのだ
また東北は幕府の直接管理する天領も多くあり、金山、銀山、または米の大量生産地など重要地を直轄化した
北前船の寄港地である酒田も幕府の直轄地だった
東北の江戸時代は、完全なる支配された土地だったのだ
25 : 2026/02/20(金) 20:14:16.099 ID:ZmE2dZVs0
いまも「米どころ」と呼ばれるが、土地はいくらでもある東北は、農耕地帯である
しかし、江戸時代の米は税金。東北の農民は自分の稼ぎにならない年貢をただただ作って納めていたのだ
しかも積雪寒冷地で、今のような品種改良もない時代。いくら土地が広くても温暖な田舎に比べれば稲作はハンデがあり飢饉もあった
そのため東北は豊かになるすべを持たず、貧しい寒村にさらされ続けたのだ
しかも幕府は東北の諸藩に対し、城の修築や河川の改修など、莫大な費用がかかる事業を強制し、藩の経済力を削いで反抗する力を奪ったため
地域政府である藩による自助努力の近代化の芽もついばまれていた。これは植民地構造そのものである
26 : 2026/02/20(金) 20:14:27.151 ID:ndx2WPTX0
新撰組は人気だけど新徴組はマイナー
27 : 2026/02/20(金) 20:20:16.368 ID:ZmE2dZVs0
江戸時代の吉原遊郭の7割は東北出身の娘たちだったというのは有名な話である
なぜか。それは飢饉(天明・天保)で東北の農村が困窮を極めた際に、娘を売り飛ばしたからだ
雪国・北国で色白でかわいらしい小娘たちが、ただ貧困により望まない娼婦にされていった
現代においてもAV女優や風俗嬢には東北出身者が多い。3.11の津波被災者でそういった性商売に入った人もいる(取材したフィールドワークの本がある)
28 : 2026/02/20(金) 20:24:29.181 ID:ZmE2dZVs0
そんな江戸時代も終わりを迎えることになる。黒船襲来により、開国・近代化の必要性が迫られた日本で発生した「明治維新」である
その激戦地も東北だった。東北は奥羽越列藩同盟を成して(自分たちを支配した存在でもある)幕府を強く支援した。しかし、新政府軍の進撃には歯が立たなかった
「東北戦争」はえげつない話が山ほどある。大人がみな西軍に殺害され、少年たちで結成された福島の「白虎隊」はあまりに有名ではないか
結果的に東北諸藩は西軍にすべて滅ぼされるか、または「生き残るため」に官軍に寝返って、東北人同士の血みどろの戦を経験することになる
29 : 2026/02/20(金) 20:27:54.455 ID:eDSbx2lh0
おめえ金曜の夜にそんなんしらべてるんか
31 : 2026/02/20(金) 20:32:47.518 ID:ZmE2dZVs0
>>29
会津も言及する
30 : 2026/02/20(金) 20:32:34.143 ID:ZmE2dZVs0
つまり近代国家、国民国家としての「日本」とは、西軍(新政府)による東軍(東北)打倒の先の国家体制なのである
そうした政治性は、今の日本にも確実に続いている
典型例は原発である
白虎隊の際に福島県について触れたが、3.11で甚大な被害を受けた福島第一原発は東北電力ではなく「東京電力」の発電施設だった
つまりあそこで作った電気は東京の繁栄のために供給され続け、地元は迷惑施設の負のリスクの負担を強いられ続けたのだ(そしてその「リスク」は原発事故で現実となる)
また最終処分所の青森県の六ヶ所村は戊辰で敗れた会津藩が転封させられた東北の、本州の最果ての地である。寒冷地の東北でも一番過酷な場所の「開拓」を強いられたのは福島の人々だったのだ
すべては1つなのである
32 : 2026/02/20(金) 20:35:16.055 ID:49IUgZ5c0
東北民俗学はいつも盛り上がらずに消えてしまう
35 : 2026/02/20(金) 20:40:12.798 ID:eDSbx2lh0
>>32
話ついていけないし
33 : 2026/02/20(金) 20:36:26.641 ID:ZmE2dZVs0
明治の日本では、伊藤博文首相のような西国出身者が政府の支配層を占めた
彼らの共通思想が「白川以北一山百文」というものだった
白河とは関所のあった場所で、つまり中央、ヤマトからみた東北地方の入り口のボーダーであった
ようは東北地方は山一つがわずか百文の価値しかないという蔑んだ目線であり
そうして東北地方は、搾取・蹂躙の痛苦の限りを経験することになる
34 : 2026/02/20(金) 20:38:35.362 ID:49IUgZ5c0
赤坂さんが引退したら東北学も終わりかな。後継者出てきた?
36 : 2026/02/20(金) 20:40:15.960 ID:ZmE2dZVs0
1つが尾去沢事件だ
日本最大の銅・金山として知られた南部氏の尾去沢鉱山を、大蔵次官だった藩閥政治家の井上馨が南部藩の借金を理由に親しい商人に破格で売り飛ばしたものだ
明治政府初期の「政商と高官の癒着」を象徴する事件であり、まさに「一山百文」の典型でもあった
37 : 2026/02/20(金) 20:46:02.338 ID:ZmE2dZVs0
もう1つが福島事件である
福島では会津の山間部から各方面に抜ける「三方道路」が藩閥県令(知事)三島通庸によって強行された
その際に地元民を強制徴用。過酷な土木作業に安い労賃で従事させられた不満と怒り、自己決定権に対する強い意識が自由民権運動の重大局面「福島事件」をもたらした
東北全体が尾去沢のように植民地化されていた中、とりわけ福島が中央政府に激しく抵抗したのには、「賊藩会津」のルサンチマン意識もあるといえよう
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