次に馬鹿か人間か
次に政治信条って感じ
単純化すればその通り
だけどより深く考察する必要があると思う
しかしその当時の日本人の大半は無思想だった。そのため支持政党を決めていたのは「共同体」だった
どういうことか。自民党王国も社会党王国と呼ばれた地域もどちらも田舎だった
日本人の大半は伝統的な田舎に住み、地域を切り盛りする名士の大物政治家を村社会の論理で支持したのだ
自民党の支持基盤は農協などの業界団体、社会党の有力地盤は炭労(炭鉱で働く人たちの労働組合)などであり、地域に、自分たちの仕事に直接利権という形で政治の恩恵が生まれた
それはしがらみであったが、しかし利益誘導という形で「再分配」をもたらしたのである
完全に政治家や政党の信者なんだよな
あの人がいってるから正しい!
昭和前期の小卒の学がない老人と同レベルな行動取ってる
それはもっと後の話なのでまってね
平成時代はそうだったね
改革合戦の時代
誰かの信者になることで思考停止してそれを完全に放棄してるよな
それが今の問題だと俺は気づいた
ゆえに右翼思想もリベラル思想も思想的な基盤などない。理論書を読む能力もないし、自分で考える力もない
なのでそうした小難しい「思考」はまるごと政治家に丸投げしていたといえる
お任せ民主主義である。わからないことは偉い先生が考えてくれ、それに従っていればうまくいくだろうというものだ
自民党は保守政党だが、日がな畑仕事しかしない農家のおっさんが「自主憲法制定がいかに大事か」など高尚な理論を掲げることなどあるわけもないし、同様に社会党支持層にしてもただの炭鉱夫がマルクス思想がわかるはずもないのである
当時は高度成長期なので、税収、財源は増え続けるばかり。分配するカネはいくらでもあり、その手段さえ考えればそれでいい(利権の奪い合いでもあるが)
しかし、バブル崩壊で平成になってそうもいかなくなってくる
1つは55年体制の崩壊。ソ連もベルリンの壁も失われ、自由陣営に対する釈迦主義陣営という図式もなくなり、社会党は自民党と連立政権を組んでそのまま消え失せた
もう1つが都市化である。東京一極集中、それに伴う首都圏の拡大などにより「大都市」に住む人が中心になり農村のような田舎に住む人は減った。今となっては人口の3分の1が首都圏民、大阪や仙台などの地方大都市を含めれば半分以上が都会の人である
ロッキード事件から金丸事件まで政治とカネの問題がクローズアップされ金権腐敗の自民党に批判の目が及んだ
小沢一郎が新党を作り(後の民主党)、自民党の利権共同体政治はけしからんと「改革政党」への政権交代を訴えた
一方、自民は自民で橋本龍太郎が行政改革を推進。さらに小泉純一郎という形で体制内改革が発生。郵政省・道路公団民営化などで郵政利権や道路利権に切り込んだ
否である。なぜなら改革を掲げようとも、選挙で勝たないと意味はない。小泉純一郎は亀井静香みたいな郵政族を丸ごと追い出したが、一方で農協は解体できず農林族の農業利権は残存した
一方、民主党も旧社会党から続く組合や自民党分裂組が引っ張った業界団体のつながりで「族議員」がいた。民主党政権では亀井静香が郵政改革大臣になり、「改革が後退」したりした。今思えばそれは正しいことだったが
古い自民党の政治を倒すために小泉純一郎が改革を実行した。部分的には成功したが、選挙で勝つために部分的には古い利権共同体が残存した
有権者は、党内改革には限界があると判断。20年前に小泉旋風に熱狂した層ほど小泉以後の自民党に失望し、そのままその層は民主党を支持し、鳩山由紀夫によって政権交代が行われた
だが民主党政権には国民新党(旧自民党内郵政族グループ)がひっついたし、岩手選出の小沢一郎が農家の戸別保証制度を掲げるなど農業利権で支持されていたので、民主党でも特に成果は出なかった
政権交代をさせても、蓮舫の事業仕分けパフォーマンスみたいなものが限界で、結局族議員、民主党王国選出の田舎の大将の利益誘導政治家は絶えなかった
自民党でも民主党でもない第三極も期待されたが維新は大阪ローカルの利益誘導政党にすぎなかったしみんなの党も瓦解した
東京都知事の石原慎太郎が維新の共同代表になっても全国政党にはなれなかったし「西は維新、東はみんな」によるすみわけの連合も失敗した
この辺から段々と政治の性質が変わってくる。左右対立の復権である
有権者の中に変化が生じた。それはネットの普及である。結果、それまで考える力も主張する手段も持たなかった市井の市民が
「思想」に触れて、共鳴して、イデオロギーの政治で大きな塊になるようになった
はじめは右だった。いわゆるネトウヨである
民主党政権という「左の権力」が発生したことで、(大半は自民党から引き継いだものではあるが)政治の現状不満と体制批判のニーズが一気に右に寄った
民主党はこんなに売国で国辱だ、いまの政治のままでは日本は滅び、愛国者の安倍晋三に政権交代すれば日本はよみがえる、というものだ
東日本大震災により福島の原発事故が起きて、昭和の左翼の間でのムーブメントに過ぎなかった脱原発が復権した
始めは河野太郎などの自民党の非主流派(当時は野党)も便乗し、一部の右翼団体も「右からの脱原発」を唱えた
そこに民主党内の非主流派と、民主党政権に連立しなかった日共が乗っかることで、無党派層や右派を含めた人たちが脱原発を糸口にだんだんと左傾化し
ネット左翼の塊を作るような流れが起きた
読む力ないなら消えていいよ
マジキチの畳だから放置で
おいこら
その流れで第二次安倍政権が発足
安倍晋三首相は、当初はその熱烈な支持を受けて右派カラーを鮮明にした
内閣・政権の主要な顔笛を自民党内でもタカ派色の強い政治家で埋めた。自民党は利権共同体なので、通常の組閣であれば、当選回数の多いベテランを優先するとか、各派閥のトップをバランスよく並べることで党内均衡化を図ったが
この時の自民党は権力を奪われていた反動で、まず結束しないといけないという有事のような状態でもあり、抵抗勢力も発生しなかった
逆にその「柔軟な姿勢」が古い利権政治に失望したまま右に流れた支持層に評価された面もあるのだ
それは与野党一緒だったという話だ
民主党も含めた既成政治にうんざりしていて、利権構造を毛嫌いした
なので自民党でも河野洋平、野中広務、古賀誠のような護憲鳩派で党内ででかい顔をする「長老」を反日だつまみ出せと野党以上に毛嫌いしたし、多くは政界引退したか死んだが二階俊博辺りは最後まで叩かれた
安倍晋三が成功したのは、利権構造の論理が一切なく、イデオロギーを優先したからだ
無派閥で女性政治家という「ジジイ・パーティ」では嫌われそうな高市早苗を厚遇し、のちに日本初の女性首相になるための花道を作ったのも安倍だったのだ
しかしその民間人も右派思想を持つ人脈を重視した
クールジャパン会議の民間議員に愛国婆ちゃんの金美齢を選んだり、教育再生会議にあまり有名な大学の先生ではないが改憲派の論客としてチャンネル桜やHanada辺りでは有名人の大学教授の八木秀次を起用
NHKの経営委員が百田尚樹になるなど、そこまで言って委員会や産経新聞やチャンネル桜やHanadaでしか見かけないような右派系民間人が次々要職についたのだ
2012年選挙以降の初当選組だということ。つまりもともと持つものはなく「安倍さんと同じ主張を掲げること」で安倍パワーに便乗して当選した人たちだ
また、小泉政権の刺客候補だった稲田朋美や元杉並区長の山田宏みたいに、「改革政治家」として過去に存在感を放った人も大勢いた
中山なりあきみたいにその改革で追放されたが「右派思想」を掲げることによって自民党に返り咲いた人もいた
改革派、守旧派、ベテラン大物、新人小物問わずひっくるめて力を結集する重要な共通要素になった
これが第二次安倍の時代が長続きした理由であり、安倍一強だった理由でもあるんだ
改革派、守旧派、ベテラン大物、新人小物問わずひっくるめて力を結集する重要な共通要素になった
これが第二次安倍の時代が長続きした理由であり、安倍一強だった理由でもあるんだ





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