「差別的」言動を集団で糾弾し、発言者の地位や仕事を奪うなどの社会的制裁を加える「キャンセル・カルチャー」。従来はもっぱら左派側が用いる戦法だったが、9月に起きた保守活動家の暗殺事件を機に、右派もこの武器を振るい出した――。近著『福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(中公新書)が話題の思想史研究者、加藤喜之・立教大学教授が、事件の背景や米社会で分断が加速しつつある状況を論じる。
(『中央公論』2026年1月号より抜粋)略)
カークとは何者か
カークの才能は、ひとえに大衆、とりわけZ世代(1990年代後半から2010年代初頭生まれ)の若者に語りかける力にあったといってよいだろう。彼が18歳の時に始めた組織「ターニング・ポイント・USA」(以下、TPUSA)は、全米の高校や大学に3000以上の支部を持つ若者向けの保守政治団体だが、その中核にはカーク自身の言論活動があった。カークは全米中の大学をめぐり、暗殺の場となったユタ・ヴァレー大学での動画に見られたように、屋外にテントを張り、リベラルや左派の学生や教員をディベートに招く。争点はトランス・ジェンダー、人種、銃規制など多岐にわたるが、目を引くのは、素早いレトリックによって対話相手たちを論破していくカークの姿だ。そうした光景は、ショート動画─現実はどうであれ、そのように切り取られたもの─で有名になり、大学などの高等教育機関で劣勢に立たされがちだった保守思想が若者の間で広まる契機を作ったともいえる。
大学などをめぐる論破ツアーに加えて、カークは自身のポッドキャスト番組を運営していた。この番組は、年間1億以上のダウンロード数を誇り、アップル社のポッドキャストのランキングでは常に10位以内に入っていた。米国では通勤時にポッドキャストを聞く習慣があり、数多くの番組が存在する中で、カークの番組は人気ポッドキャスターのジョー・ローガンやタッカー・カールソンやベン・シャピロなどと並び、保守派、とりわけ若者の間で絶大な影響力を持っていた。
著作は4冊刊行。20年の『MAGAの教義:未来を勝ち取る唯一のアイデア』は、『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラーリストにも入った。さらに24年の大統領選の前には『右派革命:ウォークに打ち勝ち、西洋文明を救う方法』を出版するなどして、トランプ陣営の後押しもしている。実際、カークの言論活動は、16年のトランプ台頭の下地を作り、24年には若者を中心としたMAGA旋風を起こす原動力となった。その実績が買われ、カークは20年と24年の共和党全国大会で講演しており、トランプもまたそうしたカークとTPUSAの活動を大統領選勝利に貢献したとして高く評価している。
こうしたカークの活動は、彼の福音派信仰に根差したものだったといってよいだろう。シカゴの郊外に育ったカークは、小学5年生の時に福音派の私立学校で回心を経験したという。回心とは、神の前で自らの罪を認め、イエス・キリストがその罪の贖(あがな)いとして十字架で自分のために死んでくれたと心から信じることを指す。その学校、ヘリテージ・クリスチャン・スクールは、著名な福音派の神学者ウェイン・グルーデムによって1982年に創設されたものであり、キリスト教的な世界観に基づき学生を教育することを目的に掲げている。ちなみに、グルーデムは2016年の大統領選では最も早くトランプ支持を表明した福音派の指導者のうちのひとりに数えられる。
「七つの山に関する命令」
北ジョージア大学のマシュー・ボーディー教授の調査によると、カークは福音派の中でも、神とサタンによる霊的戦いの実在を信じ、癒しや異言といった超自然的な神の働きが現代にも継続しているとみなすカリスマ派に属していた。その中でも、特に「七つの山に関する命令」(Seven Mountains Mandate)を重視するグループの一員だったという。「七つの山に関する命令」とは、キリスト教の使命を布教だけに限定せず、現代社会の七つの領域─教育、家庭、宗教、政府、ビジネス、メディア、エンターテインメント─に保守的キリスト教の価値観を浸透させ、最終的にはキリスト教徒がこれらの領域を支配することを目指す考えだ。1970年代に福音派指導者たちによって提唱されたこの思想は、80年代以降、宗教右派が政治参画する動機のひとつとなった。(*1)
この運動の支持者たちは、60年代のカウンター・カルチャーや世俗主義の背後にサタンの働きを見出し、アメリカの「古き良き文化」の根幹にあるキリスト教を社会の全領域で復権させようとしてきた。2010年代以降、この動きは「キリスト教ナショナリズム」とも同調し、全米で約3割、共和党の影響力が強い州では4割以上が賛同している。(*2)
左右の「キャンセル・カルチャー」合戦で滅びる民主主義 保守活動家カーク暗殺で加速するアメリカ政治の「宗教化」(中央公論) - Yahoo!ニュース「差別的」言動を集団で糾弾し、発言者の地位や仕事を奪うなどの社会的制裁を加える「キャンセル・カルチャー」。従来はもっぱら左派側が用いる戦法だったが、9月に起きた保守活動家の暗殺事件を機に、右派もこのnews.yahoo.co.jp
偽預言者
「偽預言者(にせよげんしゃ)」とは、神や真理の名を語りながら、実際には人々を惑わし、自らの利益や誤った教えへと導く者を指します。
宗教的、歴史的、および現代的な視点からの意味は以下の通りです。
1. 宗教的定義
聖書における定義: 旧約・新約聖書の両方に登場します。イエス・キリストは「羊の衣を着て来るが、内側は貪欲な狼である」と警告しました(マタイ7:15)。終末の時代には、大きなしるしや不思議な業を行って人々を欺く者が現れるとされています。
イスラム教における定義: ムハンマドが最後の預言者であるとされており、その後に現れる自称預言者は「ダッジャール(偽救世主)」に関連する欺瞞者とみなされます。
2. 特徴
偽預言者とされる人物には、共通して以下のような特徴が見られると指摘されます。
自己神格化: 自分を特別な存在、あるいは神の代理人として崇拝させる。
恐怖心や依存心の利用: 「従わなければ不幸になる」といった脅しや、選民意識を植え付けることで信者をコントロールする。
道徳的腐敗: 表向きは聖人君子を装いながら、裏では金銭的な搾取や性的なスキャンダル、権力の乱用を行う。
教義の改ざん: 伝統的な教えを自分に都合よく解釈し、論理的な矛盾をカリスマ性でカバーする。
3. 現代における比喩的意味
現代では宗教的な文脈だけでなく、以下のような状況でも使われます。
政治・社会: 実現不可能な公約を掲げて大衆を煽動するポピュリストや、過激な思想で人々を誤った方向へ導く指導者。
ビジネス・自己啓発: 根拠のない成功法則を売りつけ、高額なセミナーや商材へ誘導する詐欺的なインフルエンサー。
4. 偽物を見極めるには
歴史的に「実(み)によって彼らを見分ける」という言葉がある通り、その人物が語る言葉の内容よりも、「その活動によって最終的に誰が利益を得ているか」「信者や周囲の生活が破壊されていないか」という結果に注目することが重要とされています。
もし特定の団体や人物について懸念がある場合は、消費者庁の霊感商法対策や日本弁護士連合会などの公的機関の情報を参照することをお勧めします。
人間が知性によって正しく善悪の物事を自身で判断しようとする(神と等しくなる)のを悪魔の蛇の誘惑とするから
知性合理性や人間主義による、個の意志を本質する思想文化やそこからのニヒリズムが悪魔崇拝で
それらに批判される旧いキリスト教の価値観との対立ってことかね
仮に復活してきても「何やってだコイツら」ってなりそう
イスラム教におけるイエス(イーサー)の再臨は、終末の重大な兆候とされ、ダッジャール(偽メシア)を倒して正義を確立する役割を担います。神の子ではなく預言者として再臨し、ムハンマドの教えに従って40年間統治した後、死を迎えるとされています。
イスラム教におけるイエス再臨の概要:
役割と使命: 審判の日の前に現れ、ダッジャール(反キリスト)を撃退し、イスラムの正義を世界に確立します。
立場: 神の子ではなく、ムハンマドに続く重要な預言者・使徒として再臨します。彼はムハンマドの追従者としてイスラム法(シャリーア)に従って統治を行います。
再臨の場所と状況: ダマスカスの東にある白いミナレット(尖塔)に降り立つと伝えられています。
行動: 偽の救世主(ダッジャール)を倒した後、人々を導き、平和をもたらします。
その後: 約40年間統治した後、自然死し、埋葬されます。
キリスト教の再臨とは異なり、十字架で死んでいない(神によって引き上げられた)と信じられているため、再臨は彼が「死を経験する」ための再訪という側面も強いです。
こちらは反ユダヤ
ウクライナでのプライドパレードに激怒したロシア正教のキリル総主教が
ウクライナの戦争を「政治とは違ったはるかに重要な人間の魂の救済の問題である」と擁護する発言してたり
イスラム教と福音派の主な特徴と関係性
共通点:
絶対的な一神教: 両者とも、神の言葉を絶対視し、厳格な教理を信奉する。
高い倫理・道徳観: 社会生活において、保守的な価値観を重視する傾向がある。
原点の共有: 両者ともアブラハムを起源とする一神教の系譜にある。
根本的な相違点:
イエスの位置づけ: キリスト教(福音派)はイエスを「神の息子・救い主」と信じるのに対し、イスラム教は「神の預言者の一人」とし、神そのものではないと考える。
聖典: 福音派は聖書(旧約・新約)を重視し、イスラム教はクルアーンを最後の啓示として重視する。
政治的見解: 特に米国の福音派は「クリスチャン・シオニズム」の立場でイスラエルを支持し、これが中東のイスラム諸国との緊張要因となっている。
補足情報:
イスラム教の派閥: 約90%がスンニ派、約10%がシーア派で、イランなどではシーア派が主流である。
福音派の定義: プロテスタントの中で、聖書の絶対的無謬性と個人的な信仰体験、伝道を強調するグループ。
この2つの宗教(宗派)は、宗教的な教義の違いに加え、現代の地政学的な文脈(特にパレスチナ・イスラエル問題)において、しばしば対立構造の中に位置づけられます。
そういう怖さがあるね
多神教社会には争いがないというテーゼを証明できなければゴミの価値ほどもない言説
とまあこのように批判されると「唯一の正しさ」に逆らう相手を攻撃するのよ(俺は多神教の宗教の信仰者じゃない)
それは倫理性、道徳性が高いともいえる
倫理性、道徳性ってものを「エゴから離れるもの」ってすると
「自己の正しさ」に逆らうものを攻撃するのは
「エゴから離れる」とは違う方向になってしまう
倫理性や道徳性とは、単なる社会契約や個人の良心の問題ではなく、神との結びつきを深め、その意志に従うという敬虔さの直接的な結実
そうであるから、それぞれの「心」の問題になる
それぞれの「心」の、自身の不完全な罪深さを自覚することで神につながるってものになるだろね
それを他者を前提として「自分は正しい」となってしまうと違う方向にいく
自分が正しいんじゃなくて神が正しさそのもの
そこを、「正しい神とある自分の正しさ」にどうしてもなってしまうっていう難しさがある
仏教でも、この「自分を正しくする」っていう
苦行派とか二乗的なものへの批判ってのが常に出てくるのはそこが難しいからだろう
攻撃なんかしちゃいないよ
発言を批判されてムキーってなってるのは君の方だ
一神教「には」怖さがあるというのだから、多神教「には」ないことを言わないと
一神教も多神教も変わらんじゃん、でしかない
そりゃ失礼した
一神教(ロゴス)の怖さってのは「頭の中のもの」を「実在」としてそこに真理をみること
これが他の教えや思想にはない、ものを「二つ」に分けてそれを「実在」とすること
分かれた「実在」同士、または「存在の欠如」(悪)とされた側との強い対立が生まれる
>一神教(ロゴス)の怖さってのは「頭の中のもの」を「実在」としてそこに真理をみること
これが他の教えや思想にはない、ものを「二つ」に分けてそれを「実在」とすること
キリスト教だけだろ
キリスト教だけでなく、これは西洋の思想全般にみられる傾向だと思うね
ギリシャ哲学のイデア論からも
だから西洋が西洋自身を批判しようとしてた現代思想は
非西洋の東洋思想や仏教に傾倒するってことがあった
んー・・・俺も一神教の怖さがあるというのは否定しないんよ
ただ多神教には一神教の怖さがないというのは納得がいかない
だから多神教について君の見解を聞きたいのに一神教のことしかいってない
ギリシャ・ローマ神話の多神教世界が対立のない平和な世界だったとは思えない
ユダヤ・キリスト教を弾圧してた
多神教でも争いは当然あるだろう
多神教同士でも、それを信仰する民族同士での争いは起こる
でも一神教(ロゴス)ってのは「頭の中のもの」を「実在」(存在そのもの)として「一つの正しさ」とするから
そこでの争いは存在論レベルのものになりかねないっていう怖さがあるってこと
ロゴスってそもそも異教のギリシア哲学の用語じゃん
「はじめにロゴスありき」と福音書にはある
まあでもさすがにイエス・キリストはそういう一神教(だけでなく他の民族的な宗教や思想も)が持ってしまうところの危うさを超えるところを示してるけど(当たり前だけどね)
現代における主な対立点と特徴は以下の通りです。
1. 教皇の首位権(権威の構造)
カトリック(西方): ローマ教皇が全キリスト教会の最高指導者であると見なす。
正教会(東方): コンスタンティノープル総主教を「名誉上の首位」とするが、実質的な権限は各独立した教会連合で平等であるとみなす。教皇の最高権威を認めない点が根本的な対立点。
2. 教義と解釈の違い(フィリオクェ問題)
フィリオクェ(聖霊の流出): 西方教会は聖霊が「父と子から」流出すると信じる一方、東方教会は「父からのみ」流出するとし、ニカイア・コンスタンティノープル信条の改変として反発。
原罪の解釈: 西方はアリストテレス的/自然神学的アプローチに基づく原罪観を持つ。
3. 歴史的背景と心理的不信
1054年の破門: 互いを異端として破門し合った歴史が未だに残る不信感の背景。
過去の干渉: 十字軍によるコンスタンティノープル略奪や、過去の侵攻に対する東方側のカトリックへの歴史的不信感。
4. 現代の地政学的・組織的要因
ロシア・ウクライナ問題: 2022年のロシアのウクライナ侵攻において、モスクワ総主教庁が政権を擁護する立場を取ったことに対し、バチカンは懸念を示し、他国の正教会も批判。これにより正教会内部の分裂とともに、西方教会との関係も緊迫。
自律教会の連合: 東方教会はギリシャ、ロシアなど18の自立した教会の連合体であり、対話の一貫性が難しい。
5. 典礼・文化的な違い
典礼の言語: 西方は長らくラテン語、東方はギリシャ語やスラヴ語を使用。
祭日・習慣: ユリウス暦とグレゴリオ暦の違いによるクリスマスやイースターの時期のずれ。
20世紀以降、対話は再開されていますが、1000年近い分裂による神学的な解釈や組織の構造の大きな違いが、依然として課題となっています。
「差別的」言動を集団で糾弾し、発言者の地位や仕事を奪うなどの社会的制裁を加える「キャンセル・カルチャー」。従来はもっぱら左派側が用いる戦法だったが、9月に起きた保守活動家の暗殺事件を機に、右派もこの武器を振るい出した――。
https://youtube.com/shorts/JBXcSUWGaQs?si=S8QAXRqmThPQykCW
詰まり神罰で死んだの?
「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」とするんよね
ハゲを治してから出直してこいよ
聖書において「666」は不完全な数字とされ、「神になろうとしているが、決して神になれない存在」を指すという解釈があります。これは、悪魔が神の領域に手を出そうとする傲慢さを示唆していますが、その行為の動機が「自分は神と同等かそれ以上に正しい」という自己認識に基づいていると解釈する余地を生みます。
「俺んとこだけ正義~他は邪悪~」
ってやり口
多神教だったらとくにやる理由ないじゃん
仏教みたいに自分とこに勝手に吸収すりゃいいんだから
国家神道の廃仏毀釈
中世のキリシタン弾圧
自分の悪や煩悩を自覚して、それをそのままにする
手をつけずそのままにするってことを懺悔って風にするんだろうね
悔悟(タウバ)の3つの条件
イスラム法学では、悔悟が受け入れられるために以下の条件が必要であるとされています。
罪の停止: 直ちにその罪深い行為を止めること。
真実の後悔: その行為をしたことを心から悔やむこと。
不退転の決意: 二度と同じ罪を繰り返さないと固く決意すること。
※他人の権利を侵害した場合(盗みや誹謗中傷など)は、相手への謝罪や賠償といった「権利の返却」が4つ目の条件として加わります。
イスラムにおける悔悟の特徴
神との直接対話: キリスト教の一部の宗派のような「告解(神父への告白)」の制度はなく、自分と神の間で直接行います。
絶望の禁止: イスラムでは「アッラーの慈悲はあらゆる罪よりも大きい」とされ、どんなに大きな罪であっても、生きている限り(死の間際や審判の日が始まる前まで)悔悟の門は開かれていると教えられます。
罪の消去: 真摯な悔悟が受け入れられた場合、その罪は最初からなかったかのように消し去られると信じられています。




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